公演評 / 感想まとめ

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古事変奏プロジェクト第三回公演『三猿富士踊』を観る。

於・武蔵野芸能劇場(小劇場) 2016年5月15日(日)

岡部えつ(小説家)


 東保光氏が主宰する古事変奏プロジェクトの公演も、三回目を迎えた。

 一貫して、権威や伝統の反対側にいる庶民の文化や習俗、そして祈りをモチーフにしてきた東保氏が、第一回に『月』、第二回に『塚』ときて、今回掲げたテーマは『猿』と『富士』である。もちろんそこに、庶民の祈りを見つけたのに違いない。

 彼がこの公演に向けて書いた文章を読むと、山王信仰、富士信仰、猿楽、という言葉が躍る。また「見ざる言わざる聞かざる」の三猿に、現代の日本社会が抱える息苦しさを映し見ているような記述もある。

 そう思ってあらためて公演を振り返ると、今この国の多くの人たちが無意識に祈っている何かと、『三猿富士踊』は、たくさんのリンクを持っていたことに気がついた。

 舞台には、山田路子 (篠笛) 、鈴木広志 (フルート、バスクラリネット、サックス) 、喜羽美帆 (二十五絃箏) 、東保光 (コントラバス) 、福原千鶴 (鼓、締太鼓) 、小林武文 (パーカッション)が並ぶ。

 彼らが織りなす、初めて聴くのにどこか懐かしい音楽に乗って、猿に扮した三人のダンサーたちが、面白おかしく〝三猿〟を表現する。

 その滑稽で奇妙な動きを見ているうちに、わたしのお尻がもぞもぞしてきたのは、自分に似て、しかし自分より劣等なこの禽獣たちの愚かさが、ふだん取り繕って隠している自分の本質であることに気づき、不安を掻き立てられたからだ。

 猿を笑って己を卑下し、猿を鞭打って己を虐める。

 それは同族嫌悪の感情でありながら、差別意識と繋がって、清廉に振る舞う表の自分の顔(面)を、内側から汚していく。汚れに堪えきれず面を外せば、そこには卑しき猿の顔があるのだ。

 猿に戻ったわたしの原始的な負の感情は、はじめ沈鬱な音楽に絡め取られて苦しみ、やがて旋律が雅やかになるのに合わせて、静謐な〝祈り〟と変化する。祈りは他の祈りを呼び集め、いつしか喜びの〝祭り〟となる。

 そのとき舞台の背景には、荘厳な富士の姿がある。人々がともに畏れ、ともに憧憬した山である。ともに頭を垂れ、ともに手を合わせ、ともに祈ることで、人は知らず知らずに心を結んできた。富士はその無数の結び目の、すべてと繋がっているのだ。

 大団円には、猿の面を取った三人の踊り手が、顔をなくして(実際は白い布をかぶって)優美な踊りを見せた。あれは、ただ純粋な〝祈り〟となった魂が、故郷である富士に帰る姿ではなかったろうか。

 ……と、これは、職業柄つい、わたしがやってしまう勝手な解釈だが、古事変奏にはいつも「物語」がある。それは起承転結といった現代的なテクニックで綴られるものとはかけ離れた、東保氏の哲学から生まれる、新たな伝承のようなものだ。

 これを読み解く楽しみも、古事変奏プロジェクト公演の醍醐味であることは、多くの人が感じているところだろう。

 今回、その物語をいっそう引き立て、厚みを持たせる、素晴らしい仕掛けがあった。音楽と踊りの他に挿入された、「語り」の場面である。

 ラップの志人氏と義太夫節の田中悠美子氏によって、生々しい現代人の滑稽と信仰が、見事な話芸で語られたこの一幕は、公演全体をぴりっと引き締める、絶妙な薬味となった。

 東保氏の、こうした練り込まれたアイデアも、今後どう発展していくのか、期待するところだ。

 (了)

古事変奏プロジェクト2015『塚舞【つかまい】遊び~しるし~忘れないために』を観る。

於・代官山 THE ROOM DAIKANYAMA 1  2015年9月6日

岡部えつ(小説家)



 会場に入ると、艶のある清潔なフローリングに真っ白な壁、天井は二階分の吹き抜けという広々としたスペースに、まずわたしの目を引いたのは、人の背丈よりやや低い高さに築かれた、立派な石塚のオブジェだった。


 近づいてよく見れば、無数の発泡スチロール製の石を繋げて簡易テントの周囲に巡らせるという、見事なアイデア作品である。その拳、大の石ひとつひとつから、すべてを手作りしたのが、古事変奏プロジェクトの主宰者、東保光氏ご自身であると聞き、彼がこの公演に賭ける並々ならぬ熱意を思い、胸が高鳴った。


 この熱の火種は、ちょうど一年前の古事変奏プロジェクト第一弾『満月の夜にダンス!?』を終えた直後から、東保氏の中で着火されていたと思われる。彼はその頃より毎週のように、一人どこぞの河原に赴き、まるで修行のごとく、石積みを実践し続けてきたのだ。


 彼のフェイスブックやブログには、その様子が写真付きで綿々と綴られている。それを読むと、此度の着火が正確には「再燃」であることがわかる。彼はそれよりさらに一年前、日本の石積み文化をテーマにした組曲『cairns ⅰ~ⅵ』を作曲し、演奏会も開いていた。


 彼の中で一度完結されたはずの「石積み」が再燃したのには、昨年始動した古事変奏プロジェクトの存在が、大きかったに違いない。


 古事変奏プロジェクトは、日本古来の音曲や歌舞を、権威的な伝統芸能とは別の道から追求し、辿り着いた土着の祈りや信仰を、現代に蘇らせる試みである。昨年の第一弾では、重陽の節句という日を選び、邪気を祓い繁栄を望む祈りを、荘厳な音楽と天女人形の舞、そして念仏のようなラップの言葉を使って、東京の夜空に浮かぶ満月に捧げた。


 今年は「石積み」という行為と「塚」という物体という、具体的なテーマを掲げての「祈り」である。


 東保氏は、石積みは音楽と同じように遊戯から儀式への道筋を辿った、原始的な表現行為であると言っている。確かに、わたしの幼い姪が一等最初に覚えた遊びは、ものを積むということだった。積んでは破壊し、また積むを繰り返すのである。そこには「死」があり「再生」がある。東保氏は「塚」が弔いの儀式に結びついていったことにも注目しているが、原初の遊びの行為からも、それは存在していたのだ。


 弔いは、祈りである。


 そんなことを考えていると、照明が落ちた。
コントラバスが低く唸り、それが止んで、やがて声明と鉦と鼓の音とともに、演者たちが行列して登場した。



 これは、野辺送りではないか。



 そう思ったとき、満席の観客もすでにその異世界に引きこまれ、息を呑んでいた。
頭の芯に響くような鉦と鼓の音が消えると、銅鑼が鳴り、寂しげな箏の旋律とともに、鬼が登場する。積まれた石塚を壊しにきたのだろうか。


 不安を煽る旋律に、二人の踊り手が現れる。まるで子供の魂が遊んでいるような、無邪気と邪気が絡まり融け合う踊り。

 再び現れた鬼は、鎮魂の地蔵を目覚めさせる。女の化身となったそれと鬼との舞は、禁断の情を交わすかのように淫靡だ。神楽囃子のあと現れたのは、白拍子。生と性を象徴する彼女の歌舞は、独奏からじわじわと高揚しつつ合奏に移り、大団円に雪崩れ込んでいく。思わず胸を広げたくなるような美しい旋律の中を、再び演者の行列が現れる。しかしそれは、はじめに見た痛ましい葬列ではない。再生を祝う、喜びの祭りだ。

 音が消え、照明が点いたあとも、幻想はそこにゆったりとたゆたい続け、しばらくの間、わたしの心をきつく縛って離さなかった。

 賽の河原をひと巡りするこの旅は、篠笛、能管、二十五絃箏、鼓、締太鼓、フルート、サックス、マリンバ、ビブラフォン、パーカッション、コントラバスという、和洋が混じった編成で奏でられる、幽玄かつ荘厳な音楽によって紡がれていった。それは東保光氏によって作曲された、スコア100枚以上に及ぶという大作である。

 これに人形舞、コンテンポラリーダンス、白拍子と声明のパフォーマンスが加わった舞台は、前回よりもずっと物語性を帯び、より具体的な心の風景を、わたしたちに見せた。

 ところで積み石といえば、山男を父に持つわたしにとっては「ケルン」、道標である。前人が後人のために、正しき道を示した情けだ。

 この日、古事変奏プロジェクトが積んだ石は、わたしたちを次の世界に連れて行ってくれる道標だろう。早くも、来年が待ち遠しい。 (了)


『古事変奏 満月の夜にダンス!?』を観る。

於・公園通りクラシックス
岡部えつ

 二〇一四年九月九日火曜日、重陽の節句、満月の宵、コントラバス奏者・東保光氏主宰『古事変奏』の演奏会が開かれた。

 ジャズミュージシャンである東保氏は、一方で仏教や日本の伝統にまつわる音楽を研究し、それにインスパイアされたオリジナル曲を作り、日本の伝統楽器の演奏家をはじめ、さまざまなジャンルの芸術家とコラボレーションをするなど、以前から、日本のルーツの音を甦らせる試みをしてきた。わたしはそのうちのひとつを見たことがあるに過ぎなかったが、そのときに感じた、どのジャンルにも属さぬ不思議な音曲の、消えていくのを追いかけたくなるような懐かしさは、いつまでもいつまでも頭が覚えていて、このたび彼が、その集大成とも言える演奏会を開くという報せを聞いて、たいそう心待ちにしていた。

 会場は、渋谷公園通り沿いの地下、かつて『ジァン・ジァン』がそこにあった頃に、何度か訪れたことがある場所だった。開演三十分前に到着すると、明るく清潔な小振りのホールの席はほぼ埋まっており、やっとひとつ確保して振り返ると、うしろはすでに立ち見客で埋まっていた。多くの人たちの、期待が伝わってくる。

 ステージにずらりと並んだ楽器は、サックス、フルート、篠笛、能管、尺八、箏、三味線、二胡、マリンバ、パーカッション、鼓、締太鼓、チャンゴ。その右隅の、観客席からは陰になる位置に、コントラバスは設置されている。演奏者たちが席に着くと、東保氏はコンダクターのように演奏者たちの方を向いてそこに立ち、まさにコンダクターとして、手を上げ、指示を出した。

 尺八の幽【かそけ】き音色から、音楽は始まった。

 音というのは、光の世界から陰が生まれるがごとく、静寂の中から生まれるのだということを、あらためて思う。

 東保氏は、『ほんとうの日本のソウルミュージックは、現在権威となっている伝統芸能のなかにではなく、脈々と現在に伝え続けられている、各地の郷土芸能や儀礼文化の音楽のなかに見出されるのではないか』とし、その内容や形式、時代による変遷が、教育の中で扱われてこなかった原因を、『近代以降に起こった信仰文化と教育の断絶、歪みが原因ではないか』と考え、この断絶と歪みを克服せんと、この『古事変奏』を立ち上げたと言っている。

 大阪という都会で生まれ、ニュータウンという当時の最先端の環境で幼少期を送ったわたしは、日本的なものを古臭いと感じ、西洋的なものに価値を感じて激しく憧れた世代でもあったが、その一方で、夏を過ごした母の故郷、群馬県片品村で触れる習俗や、祭事、弔事に行われる風習などに、強く惹かれていた。中でも、葬式や法事に行われる「念仏申し」という儀礼は、なぜ音だけでも録音しておかなかったかと、今でも悔やむほどに好きだった。それは、村の年老いた女性たちが仏壇や祭壇の前に二列に向かい合って座り、鉦を叩きながら念仏を唱えるというもので、わたしは祖母がきちんと盛装をしてこれをするのを、何度か見ている。

 わたしが、あの「念仏申し」を思うときの懐かしさが、東保氏の言う「ほんとうの日本のソウルミュージック」を感じてのことなのかはさだかではないが、少なくとも『古事変奏』の演奏を聴いているうちに、わたしの内から湧いてきた静かな昂りは、あの懐かしさ、そしてそれを思う切なさに似ていた。

 メインストリームからは外されてしまっていても、土地や人の魂の中に連綿と伝わり残り続けている、「祈り」と一体となったこうした音楽を、今、東京のど真ん中で、フリージャズというジャンルを極めたミュージシャンが、あくまでも「新しいもの」として生み出そうとするこの試みは、大変意義のあるものだと思う。また、観客であるわたしたちにとって、他のどの芸術にも満たしてもらえなかった穴を埋めてくれる、貴重な、唯一無二の芸術ジャンルの誕生ではないかとも思う。

 この日は、日本語ラップの天才、志人氏と、等身大の人形演舞、百鬼ゆめひな氏が、ゲストとして登場した。言葉と舞いが加わることで、東保氏が作り上げようとした世界は、さらに昇華の現象を起こしていたように思う。

 今後、彼が何を足し、何を削り、この新しい音楽を進化させていくのか、楽しみでしかたがない。(了)


岡部えつ(小説家) プロフィール

1964年12月 大阪府豊中市にて出生。九紫火星/辰年/射手座。

1969年より、群馬県前橋市にて育つ。

1995年より、東京都武蔵野市吉祥寺に在住。

2000年 久世塾受講。

安原顯氏に師事。

2007年 岡本敬三氏に師事。

2008年 短編小説『枯骨の恋』が、『幽』怪談文学賞の短編部門大賞を受賞。

2009年 短編集『枯骨の恋』(メディアファクトリー)上梓。

2011年 短編集『新宿遊女奇譚』(メディアファクトリー)上梓。

オリジナル作品の朗読活動を始める。

2013年 長編『生き直し』(双葉社)上梓。

双葉社文芸サイトカラフルにて、『残花繚乱』連載。

朗読ユニット『業(ごう)』第一回公演。

2014年 長編『残花繚乱』(双葉社)上梓。

2015年 美しき罠〜残花繚乱〜(2015年予定、TBSテレビ)『残花繚乱』のドラマ化